かえるの日記

「ミルク壺に落ちたカエルは必死になって脚を動かしました。するとミルクはバターになって、カエルは外に出ることができました。」 でも、落ちたらそのまま浮かんでて、おなかすいたらミルク飲んで待ってたら、だれかがミルクを飲むために壺を傾けてくれるかも?

『献呈』

関西へ来てから、声楽のレッスンに通い始めた。もう8年近くになるのではないか。もともと歌は好きなので、楽しく通っている。先生は私より10才くらい若い(んじゃないかな)女性で、歌だけでなくピアノが上手で、伴奏がうまく、本当に上手に「のせて」くださる。ただ「のせる」だけではなくて、声の出し方、言葉の発音のし方、響きの保ち方、などなど、最低限注意すべきポイントと専門家としてのプラスアルファを教えてくださる。それでいて、私が「こう歌いたい」というのがそれほど先生の好みと外れていないようで、けっこう活き活きとやらせていただいている。

いつも西洋歌曲と日本歌曲を1曲ずつ練習する。今週は、両方とも新しい曲だった。西洋歌曲はシューマンの『献呈』"Widmung" だ。リストがこの曲をピアノ用に編曲しているのでかなり有名だということだが、私はシューマンもリストの方も知らなかった。youtubeで検索すると、リストのピアノ版の方がたくさん出てきた。

シューマン、そういえば、これまであまりご縁がなかった。以前一度幻想小曲集の『飛翔』というピアノ曲を聴いて、あまりにもロマンチックでいたく感動し、自分で挑戦してみたが、あまりにも無謀で歯が立たなかった。

大学を卒業して2年目だったか、学生オーケストラで交響曲第3番「ライン」をやったことがあったが、私はタイミングが合わなくて残念ながら本番には出られなかった。明るくてダイナミックで、本当にドイツの丘陵地帯や金色の畑などが目に浮かぶような曲で、オケでやってみたい!と思っていた。それで、本番には出られなくても、と思い一度だけ練習に参加させてもらったことがあった。ところがビオラは刻みが多くて、曲全体が盛り上がるところでジャカジャカジャカジャカ一色懸命に刻むのだが、その割に金管楽器に音が消されてしまって、不毛で、弾いていてあまり気持ちよくなかったのを覚えている。このあたり、ブラームスとかチャイコフスキーだと刻み音型であってもビオラがとてもよく聞こえて、刻みがいがあるのだが。

そんなこんなで、シューマンは少し敬遠していたが、今回やっとご縁ができた。

ロベルト・シューマン 1810年生まれで1856年没。アドラーが生まれるよりも前の人だ。今はドイツだがその頃はザクセン王国だったツヴィッカウというところで生まれた。
5人きょうだいの末子で、上に兄が3人、姉が1人いた。父親はライプチヒ大学で文学を学び、書籍販売と出版を営むかたわら自分でも詩などを書いていたそうで、母親は外科医の娘だったという。両親はシューマンのために家庭教師を雇ったというから、相当裕福な家庭だったようだ。シューマンは幼い頃から小さな作曲などをしていたらしい。7歳の時に父親に連れられてドレスデンの劇場へ行き、ウェーバーの指揮するベートーベンの交響曲(すごいね!)を聴いて感動したという。また、ギムナジウムに入るとピアノを習い始め、父親はシューマンのためにシュトライヒャー製の高価なピアノを買ってくれたという。そしてシューマンは若い頃から方々で演奏し賞賛を得ていた。

なるほど、裕福な家の末子。かなり自己概念と世界観がよさそうに思える。「私は能力がある」し「人々は私の仲間だ」と思いながら育ったのではないか。家族の価値は、主に文系の学業あるいは教養と商売かな?

シューマンは後に、ピアノの先生だったヴィークという人の娘のクララと結婚することになる。それまでもシューマンはかなり恋多き人だったらしいが、クララとは結婚してから最後まで、とてもよい関係で過ごしたようだ。子どもは8人産まれ、シューマンとクララはそれぞれがつけていた日記を相手と一緒に読み、おたがいにコメントをつけあったりしていたそうだ。とてもよいコミュニケーションを持った夫婦だったようだ。
師匠のヴィーク先生は娘がシューマンと結婚することを許さず、面会も文通も禁じたあげく暴力沙汰を起こして訴訟問題にまで発展するほどだったらしい。それでもシューマンは秘密裏にクララに自作の曲を送り、ピアニストでもあったクララは、父親と巡った演奏旅行でシューマンの曲を演奏したという。


今回課題になった『献呈』は、まさに結婚する前にシューマンからクララに捧げられたものだそうだ。

「だから、ものすごいエネルギーがこもってるんですよね。」と、歌の先生はおっしゃった。「中間部のゆったりしたところは、休んでしまう人が多いですけど、ここはエネルギーを保って歌った方がいいです。フラット系からシャープ系に変わった、ここの音ではっきり『変わった』と聞こえるように、キラキラと(ニコッ)!」

ひええええ! この低い音を、キラキラと?? 
そんなプロみたいな要求する~?

でも、なるほど。
若くてたぶんまだあまり苦労を知らない、自己概念と世界観のよい、末子の天才シューマンが、どうしても結婚したい恋人に捧げた歌。
難しそうだが、やってみたい。

 

音楽は、楽譜で表されている。シューマンは自分の想いを楽譜という記号にしてくれた。それを、後年私たちが、起こす。もちろん私はシューマンではないし、プロのような技術もない。だから彼が想ったようにはとうてい歌えない。でも、私なりに記号に命を吹き込むことはできるかもしれない。歌の先生は、そのために役に立つアドバイスをくださる。

せっかくご縁ができたシューマンが大切な人に捧げた歌だから、大切に練習しようと思う。